【特別対談】音楽プロデューサー 松尾潔 × 福岡市長 髙島宗一郎 (後編)
音楽都市福岡キュレーションメディア「OTOJIRO」のオープニング企画として、福岡出身でメディア等でも活躍されている音楽プロデューサー・松尾潔氏と福岡市長・高島宗一郎氏をお迎えして、「音楽都市 福岡」の未来をテーマにオンライン特別対談を開催しました。
コロナ禍において行政はエンタメとどう向き合っていくべきか
コロナ禍における価値観の変化
コロナ禍において学んだことはたくさんありますし、学びを活かさなければならないと思っています。昔から、前例がないからこそチャレンジしよう、みたいなことを言う人はいましたよ。けれども、何かの前例がある場合も、それって無理に乗り越える対象なのかな?という気運が高まっているのが現在だと思うのです。そういうときに、偏った誰かがハッピーになるのではなくて、前半でエンタメを統一規格にするとつまらなくなるというお話が出ていましたけど、そのあたりが企画の実現に大きく関わるのではないかと思いますね。音楽に強い興味がない方々でも幸せを感じることができるような企画でなければ、やる意味ないですよね。
福岡音楽都市協議会は、高島市長の後押しが、設立のきっかけとなりました。このタイミングだからこそ、ピンチなときだからこそ、新たな取り組みが重要になってきていると思います。
そうですね。私もコロナにおける気づきが二つあって、一つ目が、エンタメの持つ底力。松尾さんのお話でいくとコロナ禍においてみなさんはいったん立ち止って、色んなことを考えたと思います。これまで当たり前だと思っていたことに感謝するようになった一方で、これってそもそも要らなかったよね、ということにも気づくことも。様々なことを考える機会になったと思っています。
生活の面では大変な方もたくさんいらっしゃるので行政としては責任をもって支援をしなければならないと思っていますが、今一番大切なのは、みなさんが明日に向かって希望を持てるかどうか。希望がなければ頑張れないですよね。希望は物を配ることでは生まれません。それを届けることができるのは、エンターテインメントだと思うのです。明日に向かって、「よし頑張ろう!」という気持ちにさせてくれるエンタメの力はとても大事だと思います。2011年3月11日の東日本大震災でも、自分たちの存在意義とは何なのだろうと苦悩されたアーティストもいらっしゃったと思うのですが、むしろこのような非常事態だからこそ、多くの方は人間らしく生きていくためにエンタメを渇望しているのです。そのことに、今回改めて気づかされましたね。
二つ目が、グローバルでの価値観の変化です。私は常々、目まぐるしいスピードで進化するテクノロジーを社会へいかにスムーズに取り入れていくかが重要だと考えていました。また、海外と比べ、日本の対応スピードの遅さも感じていました。ですが、最近、テクノロジーの進化よりも、グローバルの価値観の変化のスピードはさらに速いのではないかと思うようになりました。特にそれが際立ったのがオリパラです。女性蔑視発言や過去のいじめ問題などにより、要職の方々が相次いで辞任しましたよね。これまでだったら辞めていただろうか?と思います。うやむやなまま終わってしまっていたのではないでしょうか?オリパラという世界的なイベントでグローバルの価値観にさらされたからこそ、辞任という結果になったのではないかと思います。このように、コロナ禍は、日本と海外を比較せざるを得ないような状況が多々あり、グローバルで大切にされている価値観について考えるきっかけがいっぱいあったと思うのです。
これからの時代に重視される価値観、SDGsや脱炭素化、クリーンエネルギー、ダイバーシティー、インクルーシブといったものが、まちの成長の中に内包されているかどうかが、今後すごく大事になってくると思います。そういう意味でも、まちづくりをしていくうえで、音楽であったり、まちの緑であったり、今まであたりまえに存在していたものの重要性を再認識しています。
今はネット上で個人の発言が可視化できるからこそ余計に価値観の変化のスピードにも気づけますよね。コロナ禍の話に関連して、週刊新潮で松尾さんがホリプロの堀社長と対談されていましたね。(週刊新潮 2021年6月24日号掲載)印象に残ったのは、欧米に比べて日本のエンタメ業界はかなり低い扱いを受けているということです。例えばエンタメは今まさに不要不急の扱いを受けてしまっている。ところがさきほど市長がおっしゃったように、ステイホームを強いられている生活だからこそ、我々はエンタメに救われたという事実があります。不急かもしれませんが、エンタメは必要なものだと強く実感しています。
個が集となり市政に反映される仕組みづくりを
エンタメの重要性を再認識できたところで、これから業界再編なのか、あるいは行政の新しい役割としてピンチをチャンスに変える動きができるのではないかと思うのですが、高島市長いかがでしょうか?
飲食業界と音楽業界は結構似ている気がしていて、みなさんそれぞれ組織の中で働くというよりも自分たちのやり方を自分たちなりに表現する方が多いじゃないですか。だからこそ個性的なアウトプットができる。今はコロナ禍において飲食業界の方や音楽業界の方たちは本当に苦しい思いをされているわけですが、そういう方々の思いを、国会でしっかりと代弁した国会議員はいたでしょうか。実情は誰もいません。これは良い悪いではなくて分析だと思って聞いていただきたいのですが、欧米等では、国を挙げて音楽を様々な形で支援、発信をしています。一方で日本はお金の付き方がいびつだったり、そもそも額が桁違いに少なかったりします。
なぜこのような差があるのだろうと考えたときに、ロビー活動を行う等の政府への働きかけが弱かったのだと思っています。これは、コロナ禍で様々な活動が制限された子供や若い世代にも当てはまります。大人たちは学生時代に海外旅行に行ったり、恋愛したり、様々なことをしてきて今があるはずなのに、今の子供や若者の気持ちを代弁することを忘れていますよね。こういった立場の人たちの代わりになって国会で発言する人がいないので、どうしても無視されてしまうのです。
話を音楽業界のみなさんに戻すと、それぞれ考えも違いますし、自分たちのやり方で表現をする人たちだからこそ一つになることの難しさがありますが、その結果、政府への働きかけがなく、業界の現状が国に伝わらないことは悔しいですね。福岡市の話ではありますが、福岡音楽都市協議会を深町さん中心に作っていただいたことは、行政の立場として非常にありがたいです。音楽をされている様々な立場の方、スタジオの方や機材レンタルしている方、アーティスト、プロモーターなど、立場はそれぞれ違いますけど、ばらばらに声を挙げても各個人を応援すると、それはただのエコひいきになってしまいます。しかし、協議会のような誰でも入っていいオープンな団体があると、個の意見が集約されて福岡音楽都市協議会としての意見となり、行政としてもちゃんと受け止めることができるのです。なので、この厳しい状況の中、福岡音楽都市協議会が官・民の双方が協働しながら全国に先駆けてできたのは、実は凄く大きなアップデートだと思っています。
ありがたいですね。2020年12月に開催された「マリンメッセ福岡ドリームステージ」(福岡市を拠点に活動するアーティストに対し、市がマリンメッセ福岡での出演機会を無償で提供)で福岡音楽都市協議会設立の発表をさせていただきましたが、その時に高島市長が「私や深町さんがいないと機能しない組織になってはいけない。誰がいても必要とされる組織にならないと意味がない」とおっしゃっていたのを思い出しました。
属人的じゃないということですね。音楽業界の意見がちゃんと市政に反映される仕組みを作ることが大事と思いますね。
音楽・エンタメ業界はシステムの構築に不向きとされてきたという思い込みが、かなり根強いのではないかと。音楽やエンタメを目指す理由として、様々な業種の中で自由度が凄く高いとあこがれてきた人が大半でしょう。なので、最初の動機とこのような組織がなかなか見合わないのでしょうね。
音楽業界は特にそうかもしれませんね。
一匹狼を持って良しとするみたいな考えですよね。仲良しだけで集って無心にバンドを続けていたら運良く成功して、そのまま成功体験として語るような人たちがいるので、なかなかそのノウハウが確立されにくかったのだと思います。もはや我々のビジネスは成熟期を迎えるタイミング。そういうことを厭うと好きな音楽さえできなくなることを、コロナ禍で身に染みて感じている人も多いでしょう。この厄災がもたらした気づきのひとつと言えるかもしれません。誰からも力を借りないことを美徳として、自分の踏ん張る理由にして活動してきた人がたくさんいる業界でもありますからね。
たしかに音楽を作るということは、そのインディペンデントな気概も重要ではありますからね。
「問題意識を持ち続ける=若くあり続ける」がロックンロールで、17歳のマインドをどれだけ持ち続けられるか、みたいなことが長く言われてきました。でも、17歳のマインドを持つことと、成熟した大人のビジネスマインドを持って両立させることがかっこよくてクールなのだよ、ということを提示していかなければ。具体的には、40代50代以上の音楽業界に従事している人たちが、かっこいいところを見せなければと思いますね。
日本における音楽やエンタメに対する扱いの低さに対し、政治に働きかける音楽団体はあるものの、直接福岡に反映する声にはなりにくい事情もあります。ハードルは高いですが、だからこそ、個の意見を尊重しながら、言うべきことは全員の声として伝えるということが、福岡音楽都市協議会の非常に重要な存在意義だと言えますね。
福岡で面白い事例を作っていけば各地で広がり、日本が面白くなる
前半でも深町さんから、地域限定のロールモデルを作っていくことについて触れていただきましたが、全国に先駆けて福岡でロールモデルを作ればいいと思うのです。福岡が新しいことを始めた、面白そうだから大阪も作った、東京でも作った、という流れができる。それぞれが、お互いの良いところを取り入れつつ、そこにオリジナリティを加えることで、日本各地の音楽業界が面白いことになって、結果日本全体が面白くなるのですよ。だからこそ福岡らしい面白い事例をどんどん作っていけばよいと思います。
例えば、福岡音楽都市協議会では、市民の方から寄贈いただいたピアノを活用して、「ストリートピアノ」の設置を進めていますよね。実は、ピアノを置けるようなオープンスペースは、それぞれの事業者が独自に厳しい使用許可基準を設けていて、個人の要望ではなかなかこういった話は実現に至りません。けれど、協議会のような団体が話を進めれば、相談の余地も広がり、実現可能性が高まります。ここでさきほどの、団体があることの大切さという話とも繋がってくるわけです。行政も必要なバックアップはしっかり行いますので、面白い事例を協議会と一緒になってどんどんやっていきたいですね。
良いですねぇ。公共空間の再配置の具体的な事例の一つですよね。
もう一つ、協議会の先行事例として、「フクオカストリートライブ」というものがあります。まちなかのオープンスペースの使用許可を取り、アーティストが堂々とストリートパフォーマンスできるようにするというものです。今まで福岡にはストリートパフォーマンスをオフィシャルにやっていい場所は一つもなかったのが、7カ所で実施できるようになりました。これも団体として福岡市と一緒に動いたからこそ実現できたことだと思います。運営にあたってはしっかりルールも設けていて、審査を通過してライセンスを取得したアーティストのみがパフォーマンス可能になっていたり、パフォーマンス中は投げ銭を認めていて収益を得ることができたりします。
投げ銭ライブしていいってことは、商業化を認めたわけですよね。福岡でいえば屋台を認可することと一緒ですね。不勉強で存じ上げなかったのですが、7カ所とは、例えばどちらになるのですか?
市役所前の広場や福岡市美術館前、動植物園、キャナルシティや岩田屋新館前の天神きらめきスクエア、大丸エルガーラ・パサージュ広場、イムズスクエア、人が集まりそうな場所です。
東京でも渋谷や原宿で勝手にやっているミュージシャンがいますけど、いたちごっこになるわけですよ。警察官がやってくるまでやるみたいな。ストリートミュージシャンがたくさん出た時期は東京でもよくありましたけど、たくさん出れば違法性が希釈されるわけでもないですよね。やはり官民連携してオフィシャルな形で環境を整えることが、伸びやかな音楽活動の実現につながるはずです。アンダーグラウンドや違法性があるところまでが音楽の魅力の一つだと、変な思い込みをしてほしくないと思っています。悪習と伝統を混同するのが日本の悪いところで、それは生活の向上につながらないと思うのです。
今の若い人たちは闘争とか反権力とか全然求めてなかったりするじゃないですか。昔は追い出されるまでやったことがかっこいいみたいな武勇伝は結局のところ今の時代足を引っ張るだけです。そもそも武勇伝にもならないし基本的価値観として変わってきていますよね。単純にいい音楽をみんなに聴いてほしい、それはファンに限らず、ファンではない人にもきっかけとして公共の場で届けられるような環境を作りたいと私たちは純粋に思っているのです。これまではストリートで勝手にして警察に追い出されていたアナーキーな人達が、認められた場所でちゃんとすればアーティストになるわけです。今後は市内各所に公開空地がたくさんできますので、ちゃんと環境を整えてあげて音楽が溢れるまちになっていくといいですよね。
夢のような話です。ちゃんと達成できる目標に掲げなきゃいけないですね。
結局のところ音楽の目指すべきところは「好ましき前例」を作ることだ
コロナ禍で福岡市では、ライブハウスで配信するための機材費を負担する等様々な支援策をやっているわけですが、他都市でここまでするところはおそらくないと思いますよ。福岡がやったという事例があれば、全国のアンテナを張っている人たちが気づいて地元の自治体に要望したり、自治体自身が気づいて音楽やエンタメ業界への支援を検討したりするなど、一つのきっかけになるわけです。そうすると日本全体のステージが上がってくるはずです。
コロナ禍でみなさん凄くぎすぎすしているというか、粗探しをするような、正義の暴走みたいなことが多いことを懸念しています。もう少しまちに遊びやクッションがあったほうがいいと思っています。潤いという意味でもエンタメの力をまちに自然に取り入れていくことがすごく大事になってくると思いますね。もちろんライブハウスのような閉ざされた空間の中で、音楽を大音量で聴くことも大好きですけど、オープンなスペースでも音楽を楽しめる環境が広がってくるといいなと思います。
音楽は勝ち負けがないところも魅力のひとつ。それって大きな魅力ですよ。それだけで音楽って民主的だなと歳を重ねるごとに思います。そう考えた時に、成功事例という言葉の揚げ足を取るわけではないですけど、我々が目指すべきことは成功するかどうかよりも、さきほど高島市長がおっしゃったように、他の都市の人たちから見て、好ましき前例ぐらいになればそれはひとつの「達成」レベルじゃないかと思うのです。成功かどうかというのは、その当事者でもジャッジしづらいものですから。やはり好ましいと思われるぐらいが、そもそもの音楽が目指すところなのかなという気もしますね。
言葉を少しいじると、インスパイアはどうでしょう?
いいですねー
いいですねー
他都市をインスパイアできるようなパワー・エネルギーを福岡から発信していくというのがいいですよね。
高島市長の様々なアイデアや支援策にインスパイアされて、他都市が実践していくことはすごく喜ばしいことですよね。
全然同じことではなくていいですよね。それぞれの場所にあった形でもっと面白いことをやろうというふうにインスパイアされたら嬉しいです。
それでいうと日本で初めて明太子を製造したと言われているふくやさんは、あれだけのレシピを公開したことによって明太子文化が栄えました。まさにそれを体現していただいている感じがしますね。松尾さんは日本にR&Bが全く根付いてない時代にイノベーションを起こして、新たな魂を音楽界に吹き込みましたよね。今日の話を聞いていると、バックグラウンドにある福岡の魂が松尾さんをそうさせたのだなというのが非常によくわかりました。
最後にひとこと、本日の話ではないですけど、高島市長がいろいろな場面で使われている「平時で使えないものは有事でも使えない」というフレーズ。本当に素晴らしい考え方だと敬服しました。私も暮らしていたのでよくわかるのですが、福岡や熊本などは雨・水が絶えず、水害と背中合わせという実感があってのお言葉だと思うのですが、普段から災害と向き合っている市長でいらしたからこそ、コロナに関しても素早い対応をされているのだなと納得がいきます。最後にイイ話をしてまとめるわけではありませんが(笑)、このことはご本人にお伝えしたかったのです。
ありがとうございます。
本日はまさにピンチがチャンスになるようなワクワクする話をたくさん聞くことができました。ありがとうございました。
松尾潔(まつお・きよし)
1968(昭和43)年、福岡市生れ。西南学院中学校、福岡県立修猷館高校を経て、早稲田大学卒業。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後、プロデューサー、ソングライターとして、久保田利伸、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、東方神起、JUJU等に作品を提供。楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超す。日本レコード大賞「大賞」(EXILE「Ti Amo」)など受賞歴多数。『松尾潔のメロウな夜』(NHK-FM)、『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日)などに出演中。今年2月、初の長編小説『永遠の仮眠』(新潮社)を上梓した。
『永遠の仮眠』
音楽プロデューサーの悟は、テレビドラマの主題歌制作に苦戦していた。この楽曲がヒットすれば、低迷中のシンガー・義人は大復活を遂げる。悟もすべてを賭けていた。しかしドラマプロデューサーの多田羅は業界の常識を覆す提案を……。その上、日本は未曾有の危機に襲われる。社会的喪失の中、三人の運命の行方は――。